方丈記で共感した言葉

世にしたがえば、身、くるし。
したがわねば、狂せるに似たり。

これは現代でも当てはまると思います。
世の中には様々な決まりがあって、生きて行く上で他人と一切関わらない生活はできない。
税金を納めなければいけないため、働く必要があるし、様々な条件をクリアしないと自給自足の生活する行うことができない。
仮に自給自足の生活をしたところで、「将来どうするんだ」などと言われるのは目に見えている。

考えようによっては完全に自由なんだと思えなくもない。
体を動かすことは自分にしかできないので、明日、仕事に行かないこともできるし、極端だが奇声を発しながら夜道を走り回ることもできる。

鴨長明という人は、「やらないことはできるけど、そうもいかない」という事柄から逃げたかったのではないだろうか。
いや、僕自身が「やらないことはできるけど、そうもいかない」という状態に気づいて、なぜ人間は互いに互いを縛りあっているのだろうか、という疑問を持っているからこそ、鴨長明もそう思っていたのかもという考えに結びつけているのかもしれない。

いずれにせよ、世の中の諸行無常や生者必滅ということについて鴨長明が感じていたことは間違いないので、それらに共感できるのであれば是非読んでみてもらいたいです。

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